『石岡 繁雄が語る      氷壁・ナイロンザイル事件の真実』





表紙写真   2004年6月、横尾本谷沿いの涸沢登山道から望む  澤田栄介氏撮影


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 父の遺作とも言える『石岡繁雄が語る 氷壁・ナイロンザイル事件の真実』の本を今年1月に出版し、この度は父の遺言で、復刻版『屏風岩登攀記』を母の命日に当る6月2日に、やっと出版することが出来ました。つたない文ですが「あとがき」を入れましたのでお読みいただければ幸いです。


あとがき

『屏風岩登攀記』の著者である父・石岡繁雄は、昨年8月15日、大動脈瘤の破裂によるショック死で88年の生涯を閉じました。その2年前の6月にかけがえの無い伴侶であった母・敏子が突然、急性大動脈解離の手術中に逝ってしまい、次女の私は、失意のひととなった父と最後の日々の苦楽を共にいたしました。一昨年5月に父は自分史『ザイルに導かれて』を出版した後、半生をかけて闘った「ナイロンザイル事件」を若い世代に伝える出版の仕事に、文字通り老骨に鞭打って取り組んでいましたが『石岡繁雄が語る 氷壁・ナイロンザイル事件の真実』(平成19年1月、あるむ刊)の刊行を待たずに旅立ちました。

 父は29歳の時に旧制神戸中学の教え子二人と穂高屏風岩中央壁初登攀を果たしました。このニュースは戦後復興期の社会に明るい話題を提供したと聞いております。その記録をまとめた『屏風岩登攀記』は、これまで4種類の版が刊行されています。最新版である中公文庫版は、昭和52年版の中から屏風岩初登攀の部分を中心に抜粋したものですが、10年ほど前から絶版になっていました。最晩年の父は『屏風岩登攀記』を完全な形で復刊することを願い、復刊に際しては、劇作家で『花の百名山』の著者としても有名な田中澄江さんが昭和52年版に寄せられた書評(「毎日新聞」昭和53年3月12日付)をぜひ掲載したい、との想いを抱いていました。このたび『屏風岩登攀記』の復刊にあたって、故田中澄江さんのご親族にこのことをお願いしましたところ、快く承諾してくださいましたので、この場をお借りして紹介させていただくことにいたします。

 著者の名は、三重岩稜会の会長であり、昭和30年1月2日、前穂高で令弟を失い、その遭難死のもととなったナイロンザイル切断の原因について、21年もの間、メーカー及び、メーカー側に立つひとびととの間に、粘り強いたたかいをたたかい抜いたひととして忘れがたい。

 令弟の不幸な死は、井上靖氏が『氷壁』に取り入れて、石岡氏の立場を支持しているのだが、そのたたかいの記録は遭難防止を願って、みじんの偽りも許さぬ激しさで貫かれていた。本書には、生命を守るべきザイルの不備によって落命した愛弟への痛恨をのべた墓参の記や、岩稜会によって初登攀された屏風岩中央カンテ登頂の手に汗を握るような克明な記録や思い出の山旅の記などをおさめている。

 しょせん登山は「(ぎょう)」の世界であるとする氏の山に対する姿勢は、限りなく謙虚に、絶え間なく未知への夢で燃え、かつ不屈の闘志をひそめている。それは私たちが人生という登山を生きるのとよく似ていて、登山への愛情を語る氏の筆は、深い人間への愛を語って胸を打つ。

 父が屏風岩の登攀に執念を燃やし、成し遂げた時、私はまだ生まれていなかったため、その頃の父を知りません。物心ついてからの私の目に映った父の姿は、「ナイロンザイル事件」をたたかい続ける父と、そこから新たに生まれた課題の研究に打ち込む姿でした。直接、父と一緒に屏風岩を目の当たりにしたのは、平成9年に屏風岩初登攀50周年記念の会が上高地で行われた時のことでした。当時80に近い年齢だった父は、特別に横尾まで車で入れていただき、多くの山の仲間に囲まれて、屏風岩の見える「岩小舎」に到達しました。「岩小舎」は屏風岩中央壁初登攀の基地となった、岩でできた天然の小屋ですが、長い年月による崩落のために、もはや当時の形はうかがい知れない状態でした。父が寂しそうに「岩小舎」の前に佇み、そして、考え深げにガスで見え隠れする屏風岩をいつまでも、仰いでいた姿は、今でも忘れられません。

父が「屏風岩登攀記」の復刊を希望するようになって、原本を何度も読み返してみました。そこには父の決してあきらめない不屈の闘志と、戦後、目標を見失いがちであった少年たちが、そんな父を師として信頼し、不可能といわれた登攀を現実のものとした若き日の岩稜会の方々の情熱が溢れ、娘という枠を超えて、岩壁に命を賭けた生々しいドキュメントに感動しました。その感動を、もう一度多くの方に共有していただきたくて、そして、父の最後の願いを叶えるために、屏風岩初登攀から60周年を迎えるこの年に復刊させていただきました。

刊行にあたり文章をお寄せいただいた本田善郎さんと発行元の川角信夫さんはじめ、長年にわたり父・繁雄を支えてくださった皆様に、心よりお礼申し上げますと共に、この本を山とお酒と母をこよなく愛した父と、そんな父を支え続けた母に捧げます。

 平成19年5月

                                    石岡あづみ