-2011年~2013年の作業・行動の記録-


20011.3.8
映像・音声・写真関係の整理が始まりました。
あまりの量の多さと、古い父の友人の写真や、ネガの山々の写真の名前の特定が出来ず、本当に苦労しました。
後に、重要なネガは豊田高専OBでビデオスタジオワイ経営の河合さんがスキャンしてデ-タ化してくださり、
8mmフィルムは同高専OBでソニ-ショップ経営の柴山さんがDVDにしてくださいました。
これで、16mmフィルムを除き、全ての映像・写真関係がデ-タ化できました。


2011.4.29
お仕事のため単身赴任で中国に行かれる前田さんの壮行会で、御在所に登りました。
初めての山ガ-ルスタイルの私は、その歩きやすさにルンルン。
飛ぶように登りましたが裏道での下山時、
転んで背中を打って動けなくなり、藤内小屋で竹の棒をお借りして
電車ゴッコのように挟んで確保していただき、何とか下山することが出来ました。
その後、湯の山で前田さんの壮行会をして帰り、数日後、病院に行ったら、
背骨から出ている横突起が2ヶ所折れていました。
山の怖さを思い知った山行きでした。
皆様にご迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思いました。



2011.5.24
中部経済連合会の機関紙「中経連」の<中部知の遺産 時代を切り開いた人々>の
コ-ナ-に父を掲載したいと櫻井恵子氏が取材にみえました。




掲載された「中経連」7月号

上の表紙をクリックしてください
掲載の「中部≪知の遺産≫石岡繁雄」がご覧いただけます

 
2011.7.21
6月7日の作業日以降、藤田さんのお母様(100歳を迎えられる)の体調が思わしくなく、
介護のために藤田さんは作業に不参加となりました。
大きな痛手でしたが、致し方なく…
他の皆様と話し合い、いつ果てるとも判らない資料整理の仕事の目途をつけるために
前々から考えていた資料整理後の寄贈・寄託先を決めることにしました。
その候補は、父との係わりの深い名古屋大学・豊田高専・鈴鹿高専・神戸高校がまず上がり
国会図書館・三重県総合博物館・大町山岳博物館・井上靖文学館などが上げられました。
7月25日に名大文書資料室の堀田先生にお電話して、
資料などの受け入れをしていただけるか打診しましたところ快諾くださり
あまり簡単に決まったので、ビックリ!
本当に有難く思いました。


母屋玄関横の部屋に集められた資料

 

2011.8.1
資料の把握のための写真撮影


2011.8.8
8月4日に名大文書資料室を作業チ-ムのメンバ-で訪問し、
石岡繁雄の資料などを文書資料室に受け入れて頂く件について話し合いました。
その時、資料の保存先を見せていただくのを忘れており、名大文書資料室の堀田先生から、
保存先の文書資料室書庫や、新しく建てられた倉庫の写真が届きました。


  

2011.8.11
物理資料の整理が水野さんの手によって始まりました。


2011.8.23
堀田先生来訪
資料や物品の内容や量を調べるために、堀田先生が来てくださいました。
いよいよ本決まりで、説明にも力が入ります。


  

2011.10.5
重要写真のネガのスキャニングと、
映像関係のDVD化した物の編集をしてくださった河合さんが参加しての作業
豊田高専山岳部OBの河合さんと私は、初対面でした。



2011.10.16~18
ケルン墓参



上の写真をクリックしてください。
旅の様子をご覧いただけます。



2011.11.6
写真の分類が終わり、人物や山などの名前で判らない物が多く困っていた時に、
九州の石原さんが11月5日に日本山岳会創立50周年記念式典にご出席され、
私も招かれていたので会場でご一緒してくださり、次の日鈴鹿にお越しくださいました。
岩稜会の澤田さん・高井さん・湯浅さんもお越しくださり
写真の名前の特定作業をしてくださいました。

 

2012.2.29
名古屋大学博物館蛭薙先生来訪
名大文書資料室への資料などの寄託確認は取れましたが
研究開発品や遺品などの物品に関しては
博物館が適当だろうと堀田先生に言われ、
博物館に連絡を取っていただき蛭薙先生が来てくださいました。
蛭薙先生は定年退職間近で、後任の方に話をしてくださることになりました。


2012.3.9
8mmフィルムをDVDにしてくださった豊田高専OBで
ソニ-ショップ経営の柴山さんが来てくださり、作業後、お礼も兼ねて懇親会です。


  

2012.4.1,2
3月29日には名大博物館館長吉田教授と石岡コレクション担当の西田准教授と
面談して寄贈が本決まりになり、
井上靖文学館へ父が貸し出した品を名大に移管することにしました。
4月1日に、水野さん・森川さんと共に出発して、相田さん・立岡さんと三島駅で合流して
井上文学館で館長の松本さん・理事さんと返却に関する会談を行いました。

 

2012.4.10
文書資料室から中性紙袋が届いて、整理・デ-タ化・
リスト作成の終わった資料を詰めて順に並べました。
白い袋が全てそれです。


  

2012.5.10,11
4月18日に名大を訪れ、堀田先生と西田先生に個別に会見して
資料・物品の名大への搬出日を8月末と決めました。
中性紙箱も運び込み、資料整理の仕事にも拍車がかかります。


 
2012.5.23
西田先生と井上文学館が来訪
10:30 寄贈物とその量を確かめにみえた西田先生来訪
12:00 博物館より品物を入れる天箱が届く
13.00 井上文学館より貸し出し品を4名で返却にみえ
博物館・井上文学館・私の間で、品物の返還・寄贈・貸し出しに関する調印式が行われました。


 

2012.6.10
この日は、作業の後夕食時に鈴鹿高専ワンゲルOBの小手川さんがいらっしゃいました。


2012.6.17~19
ケルン墓参
写真は、岩稜会副会長の伊藤さんと父のお骨が分骨された
屏風岩の正面岩壁を見上げる三本クルミの木の根元に置かれた
木彫りの観音様です。



上の写真をクリックしてください。詳細ペ-ジに移動いたします。

 
2012.8.27
第一次名大搬出日
前日より準備しましたが、当日の朝になっても搬出リストが完成していず
その上、パソコンの調子が悪くて、印刷ができず
7時45分に運搬業者さんが来ても印刷が間に合わずあせりました。
8時過ぎ、やっと印刷ができ、それと品物を合わせて、荷物を出しました。
その後、私は名大へ行き納入して、
共同通信社の取材を西田先生・堀田先生と共に受けました。


 

2012.9.9,10
名大への第一次搬出を終えて「石岡繁雄の志を伝える会」の皆様と
湯の山にて打ち上げ

この後、第二次搬出の12月27日までの間、
資料の整理リストの直しや、特許と発明品の合わせ作業などをして
やっと、全てを搬出することができました。
長い、長い5年間でした。

 



 父の残した資料などの整理作業は、当初は参加者全員で発掘作業のようなことをしていましたが、
作業が進むうちに細分化されて役割分担が決まって参りました。
以下に参加してくださいました皆様の、それぞれの荷ってくださった役割を記したいと思います。



 藤田壯二様…岩稜会の最年少者で、長年父の研究開発などに携わって下さった方なので、
資料の年代の位置づけや、人名などの割り出しをしていただきました。
また、岩稜会関係資料と、書簡の整理をしてくださいました。
平成23年6月にお母様(100歳を超えられました)の介護のため、
作業の存続が難しくなられました。

 水野高司様…豊田高専第一期OBで、山岳部の創設メンバーです。
定年退職後一番に駆けつけてくださり、豊田高専の皆様方をお誘いくださいました。
ナイロンザイル関係資料・物理資料・ヒマラヤ関係資料・遭難防止論資料・
ワ-ルドアザレア号牽引ロ-プ切断資料・豊田高専関係資料・鈴鹿高専関係資料・
外国書簡・蔵書リストの作成にPCを駆使して、力を発揮してくださいました。
ここにある写真のほとんどは水野さんの撮られたものです。

 菅沼敏夫様…水野さんと同じく山岳部の創設メンバーです。
人の嫌がる後片付けや掃除などを陰でせっせとやってくださり、
特許関係の資料のまとめをしてくださいました。
私が始めたスキャニングの仕事を後半は一手に引き受けて、
全ての資料の60%以上を自宅に持ち帰り、やってくださいました。

 森川文夫様…同じく山岳部創設メンバーです。
菅沼さんと力を合わせて特許関係の資料のまとめをしてくださいました。
豊田高専在学中に父の原稿の清書をしていらっしゃったので、
読みにくい父の字を解読してくださいました。

 立岡恭一様…鈴鹿高専OBで、最年少の方です。
現在もNECでPCのソフトを作るのがお仕事なので、
名大への寄託品の中の年表作成時のトラブルをいち早く解決して、
年表へのリンクの作成などにご尽力いただきました。
遠い横浜から何度も足を運んでくださいました。

 前田幸夫様…豊田高専4期生で山岳部OBで、
平成23年~24年にかけて来て下さいました。
特に、研究開発した品々の図面との照合や、
重い器材の運搬などに力を発揮してくださいました。

 相田武男様…元朝日新聞記者で、ナイロンザイル事件以来、
父の取材に足しげく通ってくださいました。
定年後『石岡繁雄が語る 氷壁・ナイロンザイル事件の真実』の著作に
何年も費やされ、ついに共著として発行されました。
整理作業では、私達の判らない部分の解明をしてくださいました。

 川角信夫様…豊田高専第一期OBで、
昭和52年に出された限定版の『屏風岩登攀記』の編集に携わられた方で、
現在あるむ出版会長です。
大判写真とアルバムのスキャニングをしてくださいました。

 河合義久様…豊田高専一期生で山岳部OBです。
ビデオスタジオYと言う写真の編集会社をやってみえます。
平成23年より、8mmフィルムやネガフィルム、
スライドの修正やスキャニングに携わってくださいました。
現在「石岡繁雄の軌跡」と「屏風岩登攀記」と言うDVDの編集作業を続行中です。

 柴山昌洋様…豊田高専第一期OBで、ソニーのお店を経営してみえます。
古い8mmフィルムをデ-タ化して、DVDに焼いてくださいました。

 石原國利様・澤田榮介様…皆様ご存じのこのお二人は、
作業終盤にどうしても判らなかった
『穂高の岩場』作成時の写真の特定をしてくださいました。



 思い返せば、特許を取った品物の特定が出来ずに苦労したことや
せっかく作ったデ-タが壊れてしまったり…
めげてしまいそうになる私を励まし慰めて、最後までお付き合いくださった
皆様方への感謝の思いでいっぱいです。
本当に、長い間、言い尽せぬほどのご苦労をお掛けしました。
本当に、本当にありがとうございました。


 石岡 あづみ

 

-オマケです-

2013.5.13,14
2011年10月頃からネガフィルムなどのスキャニング作業をしてくださった河合さんが
それらのネガや写真・映像を使って「石岡繁雄の軌跡」と「屏風岩登攀記」の
DVDを作ってくださり、それの添削を頼まれましたが
名大への寄贈・寄託に追われて、なかなか見ることが出来ずにいました。
搬出が終わってからDVDの添削に入り、何度も見直して直していただき、
やっと試写会に漕ぎつけました。
出来上がったDVDは「氷壁を越えて ナイロンザイル事件と石岡繁雄の生涯」の
企画展にも使われ、好評でした。

 
2007年11月から始まった資料などの整理作業の記録を
全てまとめました。
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