<その11:『氷壁』の進展と父の苦悩> 昭和32年2月8日~4月25日 |
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2月8日 『氷壁』(76) 「雪の部落」(12) 以下は、ナイロンザイル事件関係スクラップブックNo.2に切り貼りされていたものである。 平成18年1月30日94版新潮文庫の『氷壁』では175頁の最後より6行目から177頁最後より4行目の文が、この新聞連載に当たる部分である。貼られている「井上靖」の文字は、井上先生の直筆である。 父がこの連載を読んだ時の感想は、上に貼付けてあるが、読みやすいように以下に清書する。 『ナイロンザイル事件』は意外なところで進展をみせることとなった。安川茂雄氏に送付したものが、井上靖氏の手にわたり、31年の冬、安川氏、石岡、石原(國)、黒田は井上氏宅で話し合った。井上夫人は、終始この話を聞いておられた。『氷壁』はついに朝日新聞に載りはじめた。そして、ついにナイロンザイルという活字が載った。石岡はこのナイロンザイルという活字を胸の中を吹きまくる感慨を味わいつつ、穴のあくほど眺め続けた。 連載中の『氷壁』にはじめて「ナイロン・ザイル」と言う言葉が掲載されたのは、実はもっと前である。いよいよ前穂高東壁にアタックをする場面で… ―8時きっかりに、魔法瓶の口より茶を一杯ずつ飲んでザイルをつける。長さ30m。ナイロン・ザイルは初めてなり。(上記、新潮文庫『氷壁』114頁) と、短く出てくる。しかし、切り貼りの連載箇所は、「ナイロンザイル事件」の核心部分であったので、父はこの部分を遺したのであろう。 この連載のあったときか、映画になってからかは忘れてしまったが、ある時家族団らんの夕食時に母が緑茶を運んだ時に、父が一口飲んで「ネギ臭い」と言ってニャッと笑った。そして「お茶に指が入ってネギの臭いが付くなんて、井上先生も変なことを考えるもんや」と言った。最初はみんな「エッ!」っと言う感じであったが、それが『氷壁』の中に出てくる八代教之助と美那子の会話の一部(新潮文庫『氷壁』58頁)であったことに気付いて笑いあった。それ以来、しばらくの間、お茶が出ると家族は「ネギ臭い」を連発していた。 |
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3月25日 大阪地方検察庁へ陳情書下書き 以下の陳情書は、名大教授、三重大教授等によって出された陳情書の父が作成した下書きである。 この陳情書が出された経緯について、父は以下のメモを遺している。 3月中ごろ、諏訪多栄蔵氏と高須茂氏が石岡宅で一泊された。そのとき諏訪多氏から『篠田さんの弁護士団から陳情書が提出されている』と聞いた。そこで石岡は、大阪検察庁に対し、何らかの意思表示をせねばと考え、名大助教授畑田さんに相談し、上記を作成した。お願いした人は誰しも気持ちよくサインしていただいた。 文中、高須茂氏は登山家でジャーナリスト、「岳人」他の編集同人、民俗学者である。畑田重夫氏は名大公務員宿舎に住んでいた頃にお隣さんだった方で、法学部助教授であった。 |
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3月29日 三重県山岳連盟宛の黒田正夫氏からの手紙 登山家で理化学研究所名誉研究員、工学博士であった黒田氏からのこの手紙は、石岡宅に来られて父と激論を交わした後で書かれたものである。その時の様子が、父のメモとして遺されている。 須賀先生の紹介で黒田正夫氏がこの事件に関心をもたれるようになった。4月、黒田さんは石岡宅を訪問、ついに激論となった。深夜となりハイヤ-がみつからないので、黒田さんを送り激論しつつ歩いて行ったのが印象的である。黒田さんは要するに「とても勝てないから告訴をとり下げよ」と言われるのである。 右に掲載した手紙の内容は、とても興味深いので読みやすいように以下に解読清書する。 三重県岳連御中 32.3.29 黒田正夫 石原國利氏に篠田軍治氏への告訴を取り下げを勧告されるように、この手紙を差し上げます。 今朝、石岡繁雄氏にお目にかかって、その間の事情を伺い、31.11.22の評議員会議事録を拝見した結論です。その理由は次のようなものです。 1. 裁判が勝訴になるかどうか疑わしいと思います。 この訴えは少し見当違いです。要は篠田氏が実験結果を一部隠蔽して発表、ために石原國利氏と澤田榮介氏とがザイル・テクニックを誤って若山五朗氏を墜落死に至らしめたとの社会の屈辱を受けたというにあると思います。 これなら関根氏その他も同罪であるべきです。しかし、問題は活字にならないところがあると思います。即ち、篠田氏が東京製綱からcommissionをもらって、発表をことさらにまげたか否かにあると思います。それが実験費実費として出された時、公務員の賄賂罪になるか否かだと思います。それなら、民事でなく刑事訴訟をすべきです。 その的確なる証拠をもって、刑事訴訟にかえるべきで、検事局が取り上げるだけの材料がありやなしやに問題はかかってきます。 これが成立しない以上、唯、篠田氏の発表が石原氏等を怒らしているほどの名誉棄損とは社会通念はとらないでしょう。 2. 議事録7頁(ハ)の結論"即ち以下“が本問題の決定点であります。しかし、ここには論理の飛躍と実験の不完全があります。"状態の再現“は本報告の程度では不足であり、誰も石原氏の報告を否定していません。唯、原因の推測に不一致があるだけです。これだけをもって名誉棄損は構成されないと思います。 3. 科学的実験としては次の重大なる点についてふれていません。 3・1. 試料の採取方法の検討及び統計的検討 3・2. 実験温度の影響 2・1. 寒冷時における静的強さと脆さとの増強。 2・2. 摩擦による発熱とザイルの温度上昇に及ぼす周囲温度及び相手材質の形質 これが本問題解決のKee pointであります。 3・3. 鋭角の数量化の確定 議事録本問題を岩角に於けるザイル中の応力集中による衝撃破損といっています。実験が角度だけを問題にし、隅角の突端半径の定量的実験がないので、3・2.と共に問題の核心をつく、定量的判断は行われません。よって、結局は常識的水掛け論に終わり、裁判まで持って行くほどの具体的解決は求められません。 以上の二点につき、本問題は名誉棄損などの民事裁判に訴えるべきではなく、嘆願書にあるように寧ろ社会的道徳の問題であって、法律的の解決を求めるべきものとは思えません。敢えて本勧告を提出する次第であります。 そして、基本的解決のためには3.のような実験を行って、ナイロンにどれほどの信頼性があるか否かを決定すべきであります。 関根氏その他が言うような、取り扱いの不注意で切れるようなものなら、一般用登山綱としての価値はないものと思います。 少しくらい、アイゼンで踏んだとて、湿気を帯びたとて、使えなくなるような綱は危険で使えるものではありません。 そんな深窓のおヒメ様のようなものに山で命を託していられましょうか。乱暴に取り扱っても大丈夫なものでなければ山用の道具とはいえません。 最後に故若山五朗氏に深甚な悼意を表して、かかることが再び繰り返されないことを祈ります。 父のメモには4月としてあるが、実際は手紙の通り3月29日である。黒田氏は父との激論の後、帰宅してからその日のうちに手紙を書かれたものと思われる。 |
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4月1日 井上靖氏宛、父からの手紙 篠田氏名誉毀損告訴の問題で逆風も吹く中、徐々に追い詰められていく父は、井上氏にとんでもない手紙を出すことになる。その手紙は、父の死後、新聞社からの依頼でデ-タを提供したところ、以下の二つの記事が掲載された。 この時、父の書いた手紙は、下書きと清書されたものが存在する。22頁に及ぶ長文であるが、全文解読清書してみる。 前略 26日夜石原が帰って来まして、先生宅をお伺いしましたときのお話とか、また先生が加藤富雄氏に31日名古屋駅でお会いしたというお話を聞きました。(加藤氏には早速出かけて行って話しましたが、丁度友人と穂高へ出かけるところで、お目にかかれず誠に残念がっておりました。<私たちだけ名古屋駅でお待ちするつもりでおりました>しかし一昨日大阪行き中止の電報をいただき、無理にとめなくて良かったと思いました。なお加藤氏は4月3日に帰ります) 『氷壁』を拝見しておりまして、時々お手紙差し上げたい衝動にかられますが、先生のご執筆に悪影響をもつのでないかと考えやめておりました。従って今回長々と記しますことは、誠に汗顔に堪えない訳でありますが、失礼やマイナスの点は(もちろんそればかりですが)お忘れくださることと信じ、もし万一プラスになる点がありましたらと存じて、厚かましくお手紙する次第であります。どうか御寛容下さい。 今度の事件は、大衆の幸福にとって重大な意味を持つものと考えますが、この事件が社会にプラスとなるためには、検察庁の決意によって、こういう計画が結局+にならないということを相手に知ってもらうことと(現状は「メ-カ-は良心的だったが、山登りをチンピラ仲間によって罪をなすりつけられたのだ」という印象が公開実験の規模の大きさと、篠田氏の権威と、時期が適切であった…後になればなるほど人々は忘れてしまいます…ために、未だ残ったまま―告訴の新聞記事によって、ごく一部の人々には真相がわかっているでしょうが―と考えます。結局、インチキをした方が得になるということです。このことは逆に、石原國利の名誉は、石原國利の社会ではいろいろ説明することによって回復されますでしょうが、地下に眠る犠牲者の名誉は、その家族が山とは全く関係がなくなっておりますから回復される機会なく社会の印象「メ-カ-は良心的だったが…」がそのまま残り、そういう村人の疑惑の中に眠っているという状態です) この事件のもつ意味を大衆が知ることによって、大衆自らの目覚めと、今後の予防をはかることが必要と考えます。 後者のためには、一般には新聞がニュ-スとして取り上げてくれる以外にはない訳ですが、しかし紙面に限度があり、このような複雑な事件は到底意をつくさない恨みがあると考えていましたが、突如天から授かったような先生の『氷壁』によって、この困難な目標が一挙に解決されようとしており、誠に感激にたえません。 いずれにしましても、事件のキ-ポイントとなる検察庁の態度と、先生の『氷壁』とは、この事件を社会的に生かすための車の両輪であると考えています。P.R面については、今や心配はありませんが、前者の面についてはかなり不安がありますので(石原が大阪地検での話、篠田氏の上申書のことなど申し上げたと存じます)石原が持参しました書簡(念のため同封しました)を担当検事に送ることによって、いささかでも+にならないかと考え、若干送付しました。(現在署名捺印を得て、検事宛送付した分は、名大では法学部長 信夫清三郎博士(この方の兄さんが朝日の編集局長と聞いています)他教授3名(学生部長、篠田氏と懇意の応用物理学教授 須賀太郎博士を含めています)三重大学教授7名、三重県山岳連盟会長以下役員10名です。阪大の内部でも、私の友人がとってくれることになっておりますが(4月2日にその結果がわかります)あまりあくどくならない方が良いと話し合っておりますので、実績は少ないと思います。 釈迦に説法で恐縮の限りですが、この署名を求めようと考えた動機について若干述べさせていただきたいと存じます。署名文の意味は注意義務の危機を訴えているつもりです。さて、この事件のもつ社会的な意味の一つが、注意義務の危機であると考えたのは、最近判決のありましたチャタレ-裁判の模様を新聞で読んだときであります。田中裁判長は「法律は道徳の最低線を守るものである」と述べてみえます。私はこの言葉を反復繰り返しているうちになるほどと思いました。チャタレ-裁判の判決に際して、被告に犯意及び罪の意識がないと仮定しましても、純文学(かりに善とします)とワイセツ罪(かりに悪とします)の境界線をあの場所に引くのでなければ、ワイセツというものは単に見解の相違となって、事実上なくなってしまうと裁判長は考えて、被告の犯意の証明の有無にかかわらず、そういうことは悪いことだ、そういうことがワイセツ罪でない限り、世の中の秩序は保たれないとして判決したのではないか、少なくともその意識があったと思いました。この線の引き方が妥当かどうかは別として、そういうことが必要なときがあるということを感じました。 今度の場合、言論の自由(死因はザイル以外にあるとか、ナイロンザイルは鋭い岩角にも強いとかいう全く誤った新聞発表の結果に対し、その結果が誤りだと知っていて何故それを言わなかったかという質問に対し「あれは強い方の実験で、弱い方は相談してからにしようと思った。<11月18日の会見-『ナイロン・ザイル事件』158頁。以下Nとします>これは毒入りの茶を、毒の入っていることを言わずに、毒が入っていないということを見せて、…後で何故毒の入っていることを云わなかったかという質問に、後で相談しようと思ったというのと同じ…また長越さんのいわれた大阪T氏の「何もいう義務はない。論説の自由だ。黙秘権だ」とか、生命に関する品物の販売で「新製品が出た時は、優れた点だけが強調される」<N175頁終わりから2,3行目>とか、現在の登山界のナイロンザイルの性能に関する誤りに対し「今後ザイルを売る際には、注意する必要を認める」<N171頁終わりから6行目>とかいったことがいえるという言論の自由)と謀殺(使えば切れるザイルを欠点のある事をいわずに勧めて殺人の目的を達する)との間のどこに、それは謀殺の側だ(悪だ)といって線を引くかということが問題になると考えるのですが、今回の事件であの前記のような重大な新聞発表に対し「弱いことをいう必要はない。それは新聞社の軽率だ…登山者がナイロンザイルの欠点で墜死しても、実験の見方が悪いのだ。優れた点だけが強調されるのだ」という言い訳が通るようならば、もはやすべての謀殺は「言論の自由」で片づけられ、大衆の生命は守り切れないと考えます。しかし、この線は今回の事件を通じて引かれるべきものではなく、周知の「生命に関する品物を取り扱う人々に課せられている危険防止のための万全の注意義務がある」という道徳によって、あらかじめ自動的に築かれているはずのもので、チャタレ-の田中裁判長の場合より簡単と考えます。どんな犯罪でも説明次第によっては、見解の相違で別に犯罪にならないという可能性はあります。いわゆる単純な殺人とみられるものでも「罪と罰」のように考えれば、殺人者に犯罪の意識なく、また客観的にみても悪くないようにみえます。善と悪の間に線を引くことは難しいが大切なことと考えます。しかし一方メ-カ-が品物の欠点を明らかにしていたのでは、売れゆきに影響しますので(常磐大助の言)「儲けるためには、自分たちが生きてゆくためには、人のことなど考えておれない」という考え方もたしかにあると考えます。こういう考え方のメ-カ-にとっては、この義務、従ってこの線の引き方は、確かに迷惑です。しかしもちろん、もしこういう考え方が通れば、謀殺は事実上犯罪でなくなる可能性があり、世の中は闇となります。どうしてもこの事件によってはっきりと線が引かれ、大衆の生命の安全が確立されなくてはならないと考えます。 もしも今回のこの事件で線が確立再認識されなければ、今後このような事件は次々発生し、おそらく追及されることはなくなると思います。つまり今後、このような大資本家、学者を相手に戦う者はいなくなると考えるからです。 自分たちのことを云うのはおかしいのですが、このような恐るべき相手に対して純粋に社会のためという目的で、数十万円の犠牲(私たちには大きいと思っています)と心身の浪費をするようなバカなものが、今後出ないように思われるからです。おそらくメ-カ-の誘いの手にのって(メ-カ-から、おいで下さいという手紙を二回もらっております。<N183頁、189頁>妥協してしまうのではないでしょうか。(はなはだ傲慢な言い方ですが)私たちはこの事件は、民主主義を守るための天王山だと考えています。(そういう意味からすれば、署名文書に先生の御署名も得たいと考えます。時期が今が良いかどうか問題ですが)いずれにしましても、この事件がウヤムヤになれば、この注意義務の道徳は、有名無実として危機に瀕すると考える次第であります。従って別紙署名を注意義務に限ってやってみようと考えたのであります。 次にますます恐縮なことを申し上げて申し訳次第もありませんが『氷壁』の今後の筋について「お前だったらどう考えるか」という質問をいただいたとすれば、次のように申し上げると思います。傍観者というものは、実に勝手なことを言うということは、今回の事件を通じまして、私の痛感したところでありますが、どうか先生もそのようにお聞き流しいただきたいと存じます。 今回の事件を小説として取り上げていただくことの問題点は、先生が先日言われましたように「目下進行中の事件だからできるだけ事実(もちろんみなされるもの)に基づいてやりたい。そうでないと一方を不当に傷つけることになる」換言すれば、万一そういう場合、先生ご自身に名誉毀損によるモンチャクが発生しかねない点だと思います。(先生に名誉毀損の訴えを起こす可能性はメ-カ-以外にはありませんが、全日本山岳連盟に提出したパンフレット<これは是非読んでいただきたいと思います。特に(9)の新保氏に対する質問はそうです>22頁質問(7)(8)の内容を社会が知れば、誰しも憤慨せざるを得ないもので、このことはメ-カ-も知っているはずです。したがってメ-カ-としては、事を大きくしないように押さえつけ、事件を虚空のこととして無視することだけしか出来ないはずで、逆に名誉棄損などすれば、天にツバキするようなものだと私は信じています)また私としまして、この事件の発展状況によっては、つまり非常に不利になった場合には、業務上過失致死による告訴を、誠に不本意ながら起こすつもりでおります。もちろんこれにつきましては、もしお差し支えなければ、先生のご意見も伺わせていただき、その可否、時期など考えてゆきたいと思います。これをやれば事件を混迷にさせる大きな不利があります。もちろん民事の損害賠償は絶対いたしません。(時効は33年1月1日までです) さて、小説の筋について感想を述べさせていただきます前に、私としまして『氷壁』に対する願望を記させていただきます。 (1) 名誉毀損による石原の訴訟の理由が、一般社会はもちろん、山岳界にもまるでわかっていないようでありますので、その点を知らせていただきたい。(社会人は何故、業務上過失致死または損害賠償でやらないかと考えます)…この点は、これまでの経過で誠によくわかり感激しておりますが、名誉毀損のうち、死因に関する疑いは、はっきり浮き出ていますが、刑法233条容疑「いたずらに虚偽を流布して他人の信用を毀損したもの…」の点がこれまでは明らかでないように思います。(私の読み不足かも知れません。なおこの場合の犯罪の動機は「誰も見ていない場所なのを幸として、自分たちの失敗をメ-カ-に転嫁しようとして、と考えます…この誰も見ていないということが、お互いに有利であり不利でもあります)この点は、次のような例は一般にも分かり易いのではないかと考えます。全く蛇足で申し訳ありません。 Aは「Bデパ-トから純毛と書いたセロファンで包んだシャツを買って来たが、これにはスフが半分も入っていたので、それを取り換えて欲しいとデパ-トに申し出た」Bデパ-トでは直ちにその原因を調べた結果、それは包装の入れ間違いであることが判り、他にもそういうものが少数あることが判明した。当然Bデパ-トは「包装間違いという誠に珍しい当方のミスで申し訳ない。直ちにお取替えします」というべきである。しかし、Bデパ-トではそういう方法では、下手をすればBデパ-トは、そんな軽率なことをやっているかと信用に係わるので、そういう正当な方法は面倒だと考え、相手を嘘つきにして一挙に信用を保とうと計画し「スフが入っているといって持って来たシャツは、調査の結果純毛であることが判った。おそらく当店にケチをつけようとするものであろう」と著名学者による分析表を掲げたとする。(こういう例は発覚の恐れなしとみれば、よく使う悪徳商人の手である)こうなるとAが、もしBデパ-トから前記233条で告訴されれば成立の可能性がない訳ではないことになる。もちろんメ-カ-は告訴するはずがない。(真相が知れれば大変)これで信用は回復したのであり、メ-カ-はウソツキのために迷惑を受けたという漠然とした印象を、社会に与えれば足りるのである。すなわちAは233条容疑者としての名誉の毀損を受けることになる。 (2) 生命の尊重、とりもなおさず注意義務の強調→生命に関するものでは、商品でも生命にかかわる欠点は、ためらわずこれを明らかにする→常磐大助の、商品には欠点があってはならないというのを、生命に関する場合には、そういうことであってはいけないという点を強調していただく。 (3) 社会指導者の使命…社長なり、そういう立場にある人が、非良心的なことをした場合には、下の人、それに関係を持つ人は、自分の生活を守るために、自分の良心に反して、良心をマヒさせて行動せねばならない。今回の事件でも、良識の高い人々が、実に意外な言葉を述べているのは、全て自分の首に係るから、またはそれらのメ-カ-の下請けのような立場にある商人だからであり、すなわち結局、多くの人々の良心をマヒさせてゆくのは、かかる社会の指導者のキマグレの非良心的な行いにあるといえます。そういう人々の社会的責任の大きさを強調していただく。 さて、『氷壁』の筋について、全く事実に従って追ってゆくとすれば(私としてはそれ以外に脳がありません)なお『氷壁』で実験を当初は佐倉製綱がするはずでしたが、最近(特に4月1日のあらすじ)常磐大助がするようなふうに書かれてありますので、一体とどうなることかと私たちは心配しております) ① 実験に対する山岳会の期待。(N93頁終わりから5行目から以降2,3頁) ② 魚津実験を出身大学の装置で行う…ザイルの欠点を発見(1トン以上に耐えるはずの事故ザイルが、普通の岩角<66.5°>にあてて引っ張ると80kgぐらいで切れることが判った。驚くべきことで、これでは冬山の装備をつけてはぶら下がっただけで切れるので、ましてや墜落のショックが加われば切れないのが不思議。<N52頁>) ③ 魚津、八代教之助が実験をすることを知る。…佐倉製綱がすることは、すでにこれまでに載りました。 ④ 魚津、八代に会い②の自分の実験デ-タを渡す。(N63頁)八代、魚津に死因はザイルの欠陥にあると言う。 ⑤ 八代指導による公開実験の日時発表さる。 ⑥ 魚津、捜索隊と共に遺体捜索に向かう。公開実験については八代の言葉があるので安心している。 ⑦ 魚津、又白テントで公開実験を報じたK新聞を見る。(中日の5月1日の記事をそのまま書く。また山渓の「メ-カ-も科学的テストを行って保証している」を書く。(N92頁5行目の枠内) 魚津、実験はインチキだ。手品だと叫ぶ。捜索の協力者は魚津を狂人視し、捜索隊の活動は弱化し、捜索は打ち切らる。(実情は捜索者は岩稜会であったが、大体そうでした) ⑧ 魚津、遺体発見までは(ザイルの遺体装着の有無が分かるまでは)何を言うも無駄と知る。 ⑨ 登山界の魚津に対する非難の集中。小坂の母、魚津を告訴すると言う。(芦別事件、3万円の罰金刑。N104頁) かおるは、魚津を信じてくださいと、泣いてとめる。 ⑩ 夏、遺体捜索に向かう。発見さる。小坂脛骨骨折即死→ダビの模様。木の間をもれる満月、天を焦がす炎。遺体についたザイルの模様。(一定長さの糸クズ。岩角のスリキズ。実験の結果と全く同じ) ⑪ ダビにしたその朝、魚津は公開実験に立ち合った旧友Bに奇遇する。Bの話。(犯罪行為。紙をはる。岩角が丸い。八代の行った公開実験前の秘められた実験の存在。(事故ザイルは麻の1/20のデ-タ) ⑫ 現場調査。岩角にナイロンの糸屑付着する。(一定の長さ) まさに奇跡。残っていたのはまさに奇跡と考えます。この点を強調していただく。 ⑬ 常磐、八代教之助に会う。八代、あれは強い方の実験だと言う。弱い実験は魚津と相談してから発表するつもり。もちろん事故条件で切れるということは、当初からわかっていたと言う。(N172頁) 商品というものは優れた点だけを発表するものであると言う。常磐、普通の商品ならばともかく、命に関するものでは、それは困る。(ミルクの例をとる) ザイルだから問題なのだ。一体登山者の生命はどうなるのだと詰め寄る。 要するに『氷壁』の結びは… 八代が矛盾をカバ-せんとして、必死に闘う姿。時をずらし、当時の事情を動かす。→N ↓ ◎ N本文の22頁(資料のそれでない) 「篠田氏に対する蒲郡事件以外の質問」のうち、22頁終わりから6行目追記をよく読んでいただき、矛盾をカバ-せんと、闘う姿を描いてもらう。 それに対して、大衆の生命の擁護と、真実を守ることを頭にかざして追求する。 常磐、魚津の姿→全日本山岳連盟に出した9項目の公開質問…(この質問状のことは、11月23日の朝日の朝刊に載りました。<当地では>) とてもややこしくて、小説にはなりませんでしょうが、要するに以上は、事実に沿って並べただけで、たわいのないものです。 次に本事件についての新聞社の態度は、私は次のように考えます。 朝日新聞だけが当初から(N33頁「切れたザイル」)無色であると考えますが、毎日、中日は(もちろん、山岳関係の雑誌はいうに及ばず)共犯(事前に知っていた)、少なくともこれを知っていた記者が少なからずあると考えます。 この裏付けはもちろんありますが、推測の部分もありますので、お目にかかったときでないと誤りを伝える恐れがあります。こういう新聞記者は、公開実験のことを、あれはあれで正しいという見解をとっています。(または、全く沈黙しています)こういう見解を注意義務の危機、すなわち生命の危機と考えて良いと思います。言論の自由と同様です。 私としましては、事件をその点にまで拡大しては、かえって社会に+にならないと信じますので、一応篠田氏の線でとめたいと考えてます。しかし検察庁の監査の結果によっては、そこまでゆくかもしれません。また逆に検察庁にそれがわって、かえって監査をストップさせるかもしれません。 いずれにしましても、朝日が小説という形で取り上げてくれたのは刺激を弱めて最良の方法と考えております。もちろん、それに先立つものは先生の御勇気で、今更でもありませんが敬意と感謝に言葉もない次第であります。 勝手なことばかり拙筆拙文で記しましたが、要するに私たちは先生の『氷壁』は、正にこの事件を生かすための重大な存在であると考えますので、先生にはその点を誤りなく伝えていただきますよう、私共一同地に伏してお願い申し上げる次第であります。なお、当地ご通過のときなど、是非お立ち寄りをご予定の中に入れ込んでいただき(名古屋の拙宅でも、鈴鹿でも)切断したザイル(血がこびりついています)、現場の岩角の石膏(苔がついております)、岩角に付着していたナイロン屑等見ていただければと存じます。 加藤富雄氏も、今回は山行で誠に残念でしたが、いつにてもお手紙でも、またはお目にかかりたいと申しておりますので、当地へおいで願えればもちろんやって来ることと思います。神戸は海に近く、若松のカレイは有名でありますので、是非ご試食願いたいと存じます。母も最初は、この事件には大反対で狂人のように止めておりましたが、先生の『氷壁』が出てからは、打って変わって愛想が良くなり、先生に一度おいで願えれば光栄だと、常に申しております。 以上、ご多忙の先生にくだくだとつまらぬことばかり並べて申し訳次第もありません。多分に重複しておりますので、もう一度清書すべきですが、ちょっと疲れてご容赦ください。 4月1日 石岡繁雄拝 井上靖先生 追伸 4月2日に来るはずの阪大の友人がちょうど手紙を書き終わったときにやって来ました。友人の話によれば、阪大総長はじめ教授、助教授等数名に会って、いづれも長時間にわたって話をしたようです。その結果、いずれも事件の真相を知らず誤解があるようで、その友人自身まだよく勉強してなく答えが出来ず、結局、ちょっと不安になって署名を取るところまで至らず、それらの教官連の言うところを持って、私の家へやって来た訳です。昨夜3時まで石原兄弟と4人で話しました。その結果、非常によくわってくれて、もう一度やるというのですが、その友人が大阪裁判所の裁判長をよく知っているというので、むしろ阪大の教官はやめて、その裁判長がわかるまで話をして、裁判長から斉藤検事に働きかけてもらう方が結局早いのではないかということになり、そういうことで早朝別れました。 阪大の教官の言を、その友人が想像するのに、篠田氏か誰かから、そういった事件の真相をずらせるような風評が流されているように思ったと言っておりました。それらの内容は、私にとってはいづれも承知のものばかりで、意外というものは一つもありませんでした。例えば次のようなものです。 (1) 事故ザイルはザイルとして出したものではなく、岩稜会にテストしてくれと言って出したものである。これに対し、4月29日の公開実験で事故ザイルをザイルと呼んでおり事故ザイルは従来の麻ザイルより優秀と見せている。また山と渓谷「メ-カ-も事故ザイルを科学的テストを行って保証している」と言っている。またあの8ミリのオレンジ着色ザイルを関西の著名登山家梶本氏も購入して山へ持って行っている。これを販売した熊沢氏は、手持ちの11ミリのナイロンザイルを売って、8ミリ2本買おうと考えていると言ったこと等。またそれがザイルであるかどうかは、業務上過失致死罪で告訴したときには問題になるが、蒲郡事件には無関係である。蒲郡事件は「ナイロンザイルは岩角で欠点を持つか」という仮説に対する実験であって、その欠点が死因かどうかということとは別である。 (2) ナイロンザイルが岩角で弱いことは事件の起こる前から分かっていたのではないかという疑問 ⅰ新保正樹氏の『岳人』の記事…全日本岳連提出のパンフレット ⅱ篠田氏と話し合ったという木下是雄氏(学習院教授)の手紙(N48頁) ここでNotch effectとあるのは、岩角による劣化効果です。 ⅲ熊沢氏、山と渓谷(30年3月)「現在の岳界の人々でこの問題に答えられる人はありません」…(N76頁) 等々で問題になりません。 いずれにしても蒲郡事件とは無関係です。要するに蒲郡事件は、仮説に対する実験ですから、問題は簡単です。例えば「ミルクにヒソが入っているかどうか」という仮説は誠に重大で、入っておれば死因はそれだと見なされる訳で、またこの仮説は危険防止の観点からそれを確かめる必要がある訳です。それを篠田氏はヒソの入っていることを知っていてヒソが入っていないと見せたのです。 (3) 篠田氏は、ナイロンザイルは弱いと認めているから、何もそれほど追求しなくても良いではないか。…これに対し、何故に、5月1日の中部日本新聞の記事が出たかよく考えてもらいたい。「死因は別にある。ナイロンザイルは鋭い岩角でも強い」という誤った発表は、誠に重大であって通常考えられないものである。篠田氏の過失とは考えられない。(公開実験であるから観衆はこの実験によって、何らかの印象を持ちたいと思って来ている。これらの観衆に誤った印象を与えては大変だということはわかっているはず。したがって篠田氏は観衆がどういう印象を持つだろうかと考えねばならない。事故の条件を再現して切れないと見せれば観衆が切れないという印象を持つだろうということは当然わからねばならない。それでは大変だとわかる筈である。観衆、皆が皆そういう印象を持ったことが、登山家の篠田氏だけにわからなかったというはずはない。(末尾に重ねて記します)それならば、何故5月1日の記事という重大なことになったか。篠田氏のような常識の高い学者がやっていて、どうしてかくも恐るべき事実があらわれたか。それについての疑問は、正に社会の重大時であって、今後の影響を考えるとき、絶対に明らかにされねばならぬものである。(『氷壁』においてもインチキだという点<魚津に言わせればよい>をなくしては、全く事件から離れると考えます)これによって大きな迷惑と、一方大きな利益を得たものがある。今この点をウヤムヤにすれば、今後同様の方法で、大きな利益を得るべく計画されることは間違いない。すべてが明らかにされて、大衆がそれを知る以外に予防はない。今、中途半端な解決をすれば、強大なメ-カ-の宣伝力によって、すべては岩稜会の軽率ということで押し流されてしまうことは明らかである。これでは社会は闇である。要は9項目の公開質問に、公開の席で答えてもらえばよいのである。(公開質問については朝日に掲載) 私の友人はこの点を実によくわかってくれました。そして、それが起訴以外にないこともわかってくれたのです。また起訴が起きれば『氷壁』は実に楽になるのでないかと話し合いました。(失礼ですが) 公開実験にわざわざ集まった人々は実験によって何らかの印象を得たいと思っている。それは不可解な(わずか50cmスリップでナイロンザイルが切れるという)事件の死因が篠田氏の実験、ゆえにわかるのではないかと考え、またナイロンザイルに果たして岩角欠点があるのかどうかわかるのではないかと考えて集まって来ている。このことは篠田氏にわからないはずはない。そうすれば篠田氏は既に死因がそこにあることを知っているのだから、またナイロンザイルにそういう欠点があることを知っているのだから、観衆がその点を誤りなく知るのでなければ、登山者の危険と同行者に迷惑がかかるから大変だと考えねばならない。それが良心の命ずるところである。それにもかかわらずその反対の結果を黙ってやるためには、すなわち良心の命ずるところに打ち勝つためには、それに勝たせるための別の力がなくてはならない。それはメ-カ-の依頼であったと考えるのは当然で、このような力はメ-カ-の要請以外に考えられないのである。 別紙①-1 告訴人 墜落者の遺族代表 被告訴人 東京製綱株式会社社長 三木竜彦 罪名 業務上過失致死罪(または過失致死罪) 告訴の大要 昭和30年1月2日、北アルプス前穂高岳東壁で若山五朗が死亡した原因は、ザイルであると称して販売した品物がザイルとしての性能を持っていなかった。すなわちそれはザイルでなく単なる補助綱であったのである。これは業務上過失致死罪に該当すると考えるので事故ザイルを製造したメ-カ-の社長を同罪で告訴する。 主な証拠資料 (ⅰ) 東京製綱の製品を販売する業者熊澤友三郎は事故ザイルを新製品の保証付きザイルと言って販売した。 a.山と渓谷社はメ-カ-は事故ザイルを保証していると述べている。 b.30年4月29日、東京製綱での公開実験で事故ザイルをザイルと呼んでいる。 (ⅱ) 事件後の研究により、事故ザイルはザイルとして重大な欠陥を持つことが証明され、事故ザイルを作成した東京製綱の雨宮氏は事故ザイルをザイルと呼ばず補助綱と呼んでいる。(N156頁) (ⅲ) 31年3月19日、スポ-ツニッポン新聞で、東京製綱の高柳は事故ザイルを使うなと言っている。 (ⅳ) 切断したザイルの模様、現場調査、死亡の状況、その後の実験によって死因は事故ザイルがザイルとしての性能を持っていなかったためであることが証明されている。…篠田軍治氏、昭和30年11月18日これを認める。 なお、これらの岩稜会で行った実験結果は全て昭和31年10月、11月、12月号の『岳人』(山岳雑誌、中日新聞発行)に発表されている。 文中の下線は、父自身が引いた箇所である。 この父の手紙のように、石原國利氏も先生のお宅を訪ねた時に「公開実験は弱いものを強いと見せた手品です。登山者の安全がかかっています。このことを『氷壁』のなかに書いてください」と訴えられた。先生は「私が書いているのは小説で、ドキュメンタリ-とか勧善懲悪ではないのだから」と、困ったような顔をされたと言うことだ。この長い父の手紙の全文を、当時殺人的な忙しさであられた井上先生がお読みになったとは思われない。「石岡さんにも困ったものだ」と苦笑されてお蔵入りとなったように思う。当時、ワラをもすがる思いであった父は、『氷壁』の思いもかけぬ展開に歯痒い思いをして、このような手紙となったのだと思うのである。このような手紙は、この先数通出されることになるので、日を追って解読清書してご紹介させていただく。 |
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4月8日付 父宛、石原一郎氏からの葉書 岩稜会の登攀隊長で部隊長と呼ばれていた石原一郎氏は、家業を継いで福岡県直方市にいらっしゃったが、父の実家に下宿されて津島商工業高校の先生になられた。この葉書は、その時に書かれたものである。以下に清書する。 昨日津島に着きましたが、今日始業式で初めて生徒の前でものを喋りました。一年生を受持つことになり、授業の方は一年簿記(12)、二年法規(4)、金曜日津島高校にて商業経済(3)と云うことに決まりました。荷物がまだ着きませんので着いてからお伺いします。 こちらでは皆さんに大変お世話になっており、九州での別離の悲しみを忘れます。 元気でおりますからご安心下さい。 先にも掲載したが、この4月には、石原國利氏も大学を卒業されて、父と同じ名古屋大学学生部の事務職として就職され、名古屋の石岡宅に下宿される。ご兄弟揃っての愛知県への移住は、岩稜会の仕事をし易くするためであり、ナイロンザイル事件を闘い抜くためであった。遠く故郷を離れて、登山者のために闘いを続けられるお二人の心中は、計るに余りあるものがある。 |
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4月 「告訴についての見解」岩稜会前会長石岡繁雄著 この印刷物は、告訴の経過が思わしくなく、焦燥感の中で書かれて、父の知人や関係者等に配られたものと思われる。 告訴に至る経緯をしたため、井上先生宛の手紙に書いてあるように例をあげて説明した後、最後にこうつづっている。 すなわち、発覚のおそれなしとみれば相手をウソツキにして、自分の利益をはかろうとするわけである。 私は恐るべき事件の疑問をとくカギとして、不当な新聞発表によって利益を得た者と、篠田教授とを関係づけようとするものではないが、上例のような想像も常識的に可能であり、かつすでにそういったことが風評として流れつつあるのだから、もしもそうでないとすれば、そうでないという納得出来る説明が早急になされることがメ-カ-にとっても有利ではないかと考える。 石原君の名誉毀損による追求も、この点の解明なくしては、究極的な解決とはならないであろう。 以上 右の印刷物をクリックしてください。全文ご覧いただけます。 |
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4月22日 石岡繁雄宛 櫻井節二氏からの手紙 味の素株式会社中央研究所勤務であった櫻井氏は、父の友人であった。篠田軍治氏が教授を勤める大阪大学出身だったので、右の手紙をくださった。以下解読清書する。 石岡繁雄様 32.4.22 もっと早くお便りできることと思っておりましたが延々となり、小生も気には掛っていたのですが、ともかく遅くなって申し訳ございません。 お便りくださいました印刷物(上記「告訴についての見解」)、早速その日の晩に阪大病院長(宇山医学博士)の宅へ届け、お会いしました。あの印刷物は誠に適切な説明資料で、その点非常によく、前日の時より更に一層頭の中へ入ったようでした。実はその後、宇山博士からの通知を首を長くして待っていたのですが、本日お伺いしたところによると、学会その他で先週までは会える機会がなく、明後24日工学部長と面会される由、この間の資料は大いに参考になったと申されました。いづれにしても24日には工学部長の耳へ入ることになりました。 さて、小生はこの間からその後の情勢をいかに観察するかについて考えておりましたが、理学部の教授で多分頼めると思っておりますT教授(頼みを引き受けてくだされば、名前を書いてもよろしいが今のところTといたしておきます)にお願いいたすつもりです。そのことからしても宇山博士がもっと早くお話しくだされば今頃ある程度の「反応」の模様をご報告できたと思ってちょっと残念です。 もし、T教授が具合悪ければ、市田工学部長は民間にしばらくいられた方ですから、私の父の友人関係からでも話をしていただき、宇山博士のお話の反響を調べてもらうつもりです。小生も何か最近はちょっと「むき」になり過ぎてる傾向もありますが、貴兄にご迷惑にならない範囲で初期の目的に達するよう多少なりとも側面からの用意はいたすつもりです。 お気づきの点がございましたら、お知らせくださるようお願いいたします。 草々 櫻井節二 文中の緑字は、私の注釈である。 この手紙の貼られたスクラップブックの下の余白には、父が次のことを書いていた。 石岡の友人桜井氏(阪大出身)は、本件に全面的に協力、主として阪大の内部で努力されることになった。病院長、工学部長をはじめ有力な教授に会って説得して廻られる情熱には頭が下がった。 |
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4月25日 陳情書 名大法学部部長信夫清三郎氏他 この陳情書は上記3月25日付の陳情書下書きが出された後で再度作られた物の写しである。内容は、上記の物と同じである。これは活字化されているが、擦り切れて読みにくいので、以下に清書する。 〔別紙〕 拝啓 陽春の候貴職には益々ご健勝にわたらせられ大賀至極と存じます。 さて私達は、昭和31年6月22日名古屋地検に提出され、目下貴職の御審査になる告訴人石原國利氏、被告人篠田軍治氏にかかる名誉毀損罪の訴えに大きな関心を持つものであります。 そもそも、事故が防止され大衆の生命が守られるためには、衆知の「生命に関する物品を取扱う人々には、危険防止のための万全の注意義務が課せられている」という点がますます強調される以外にはありませんが、他方、それを取扱う人々特に業者にとっては、面倒な製品検査とか欠点がある場合には、それを明らかにするなどの必要がおこり利潤に影響しますので、一部業者の中にはこの義務の軽視という憂うべき傾向があることも否定できません。 私達が関心を持つ上記の告訴には、「当然この義務を強調かつ実践すべき国民の指導的立場にある学者が、それを無視して社会に危険な状態をつくった」という点に対する追求が本質的に含まれるものと考えます。 本事件が社会的な問題として高まりつつあるとき、もしもこの正しい解決が社会に明らかにされず、ウヤムヤに葬られたならば、この義務の軽視という一部の傾向に足場を与え、この義務協調への努力が響きのうすいものとなり、ひいては、大衆の生命が守られるべき基本の道徳がくずれていくことが予想され、寒心にたえないところと考えます。 貴職におかせられては、本件を充分に調査していただき、妥当な結果に導かれることを喪心からお願い申上げる次第であります。 敬具 昭和32年4月25日 名古屋大学法学部長 信夫清三郎 (印) 名古屋大学教授 名古屋大学山岳会会長 須賀太郎 (印) 名古屋大学教授 小川太郎 (印) 他 18氏署名捺印 大阪地方検察庁 斉藤正雄検事殿 |
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4月25日 ナイロンザイル事件担当の斉藤検事と石岡との会見メモ 石原氏の弁護士森氏によって、斉藤検事に電話した際に伝えられた篠田氏名誉毀損罪「不起訴処分」決定予定の報告に、父は焦燥感の中大阪へ向かう。 このメモは、井上先生に送られて返送していただいた物である。重要なメモなので以下に全文解読清書する。 井上靖先生,写真落手しました。先日の言葉たりなさを補いたいと存じ,参考資料として,これをお送りします。ご一覧後,返却お願いします。ぜひ終わりまで読んでいただきたいと思います。 昭和32年4月25日,大阪地方検察庁において,斉藤検事と石岡が会談したときの覚書(石岡記) 備考
1957(昭和32)年4月25日,大阪地検で行われた斉藤検事と石岡との会見……石岡の記憶 (4月26日にこれを書く) さて,本件担当の斉藤検事に妥当な結果を出してもらうためには,我々は我々の主張をよく検事に伝えねばならない。一方,篠田氏は告訴が無意味であることを全力をあげて主張するであろう(篠田氏が弁護士に相談して出した上申書のごとく)。また,篠田氏はメーカーとつながりをもつことは当然であるから,メーカーは起訴させないためにメーカーからの検察庁への圧力が当然考えられ,担当検事の先輩,友人を通じ,その他,いろいろな方法をもってなされるものと考えられる。これに反し,経済力なく,社会的に弱い我々として,これに対抗する道は世論に訴え,それによる圧力以外にない。これまでなされてきた努力には岩稜会の印刷物配布(約300ページ冊子『ナイロン・ザイル事件』),三重県山岳連盟の声明,印刷物配布,全日本山岳連盟の動き(1956(昭和31)年11月22日の奈良県吉野市で行われた評議員会での決議),同じく11月24日,吉野での決議を伝える朝日新聞の記事,名古屋大学法学部長信夫教授ほか20名による署名文の斉藤検事への送付。その他,側面的なものとして,告訴を取り上げた新聞記事,NHK放送,井上氏の朝日新聞連載小説『氷壁』がある。
(この覚書の写しは,4月28日に井上靖氏に送付した) |
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以下の写真をクリックしてください <その12:『週刊朝日』と『インダストリ-』>にご案内いたします 2018年2月16日更新 |