その12:『週刊朝日』と『インダストリ-』

昭和32年5月1日~7月2日


 5月1日 『岳人』109号掲載「岩登り用具」金坂一郎氏著
 この掲載記事の39頁2,3行目には次のように記されている。

 ナイロンは岩に触れると非常に弱いから、岩場では使わない方が良い。
 
そして、この部分に矢印と赤線があり、父の字で記入があった。

 ナイロンザイル使用への警告が矢継ぎ早に出された。

 右の頁をクリックしてください。全文お読みいただけます。

 5月6日 石岡繁雄宛 櫻井節二氏からの手紙
 4月25日に斉藤検事に面談するために大阪に出向いた父は、櫻井氏の自宅にお邪魔したようだ。その時に話合われて、櫻井氏に依頼したことの返事が右の手紙である。以下、解読清書。


 先日は遠路ご苦労様でした。なんのお持て成しもできず恐縮でした。結構なるお土産いただきありがとうございました。その後休日等のためすぐ会える宅の人にもなかなか会えずお返事遅れましたが
1.宇山先生から工学部長にはこの前お知らせいたしました通り24日の日にお話しくださったそうです。工学部内の反響については目下人を介して様子を探ってもらっておりますが、これも近日中に大体の様子は判ることと思います。いずれにしても宇山先生から工学部長へ話が伝わったことは、良かったと思い喜んでおります。
1.三上判事には未だに会えませんが、弁護士の件は「証人がしっかりした人である以上、むしろ第一回目は証人単独の方が逢うによいだろう」という意見の人が多いようです。小生もその方が良いと思います。そしてそれの直後に新聞で反響を呼び起こした方が効果的と思います。
1.どういうル-トで来たのか知りませんが、大阪日日新聞の記者がナイロンザイル事件に関する記事を見せてくれといって来ました。これを頼まれたのは私の研究室にいる藤井という人で、この人は国分寺で先々月来問題になっております公園住宅の家賃の問題で割合中心になっていた人で、国会にも証人として出席しました。大阪日日新聞はこの記事を大々的に取り上げておりましたので、おそらくどこかで日日の記者が私のことをかぎつけて、藤井に頼んで来たのではないかと思います。いただいたプリントはもちろん他の新聞記者も見ていることでもあり、明日渡してやろうと思いますが、この前にもお話ししました如く、仮に新聞に出る場合には、加藤氏が大阪へ来られた直後くらいにすれば効果的と思い、勝手にこちらで小生が事を計るというようなことはいたしませんが、こういう事情もあるということをお含みくだされば幸甚に存じます。
 小生も最近いろいろ他のことで忙しいのは事実ですが、この問題に関する限り徹底的にやりたいと思っております。何かちょっとしたことでもお気づきの点は、どしどしお聞かせ下さるようお願い致します。まずは右簡単ながらご報告まで。   早々
  5月6日               櫻井節二
 石岡繁雄様


 5月16日 井上靖先生と朝日新聞記者含む6名が会見した内容を、文書で手交した文
 井上先生は告訴が篠田氏有利に傾く中、篠田氏と父・國利氏の関係を円満解決に向かわせるために、この会見を持たれた。その席上での内容を集約して、以下の文が先生に手渡された。

 写 5月15日夜、井上靖氏、朝日新聞記者森田正治氏計6名同席の上での井上氏との話合いを、16日井上氏に文書を手交再確認したもの

 井上先生へのお願い
       石岡繁雄
 (誠に僭越ですが、次の点をお願いします。
 この事件は、社会正義を守る重要な事件として、名古屋大学教授、阪大教授、山岳人、一般人等、多くの人々の支持がありますので、私は苦しい立場に立たされる場合が予想されます。どうかよろしくご配慮の程お願いします。もし以下の点で御不審があれば、円満解決を求めて、どこまでも努力します)
 この事件の解決を次の条件で先生にお任せします。
(1) 告訴以来、私たちに不利な活字しか出ておりませんので、一応第三者的立場の週間朝日の発表を願います。なお、これは希望ですが担当の小松氏に、週間朝日発表直後の解決という点を強調されず、小松氏の自由意思を尊重されるようお願いします。従って信夫氏から篠田氏への話しかけは週間朝日発表後にお願いします。
(2) 篠田氏の御意志を明らかにする発表が朝日新聞になされ、その内容は「公開実験は篠田氏の軽率であった」という線が後で水掛け論にならぬよう明らかに盛り込まれること(この点、篠田氏の従来の御態度からして実に心配です)
 私としまして、その後に告訴を取り下げるよう石原國利に勧告します。これは容易にできると信じております。また、社会を騒がした一方の責任者として、かつ、印刷物「ナイロン・ザイル事件」で約束したことでもありますので、事後報告として、岩稜会から報告書を出すことと思います。この内容については穏和な態度でのぞみ、決して紛糾をおこすようなことはしません。  以上


 6月2日 週刊朝日〈「ナイロン・ザイル事件」告訴ざたになった実説『氷壁』〉の記事
 井上先生との話合いの結果出された週刊朝日の記事が右である。この記事に掲載されている井上先生のコメントの部分だけ、以下に転記する。

 最後に、井上靖氏はこの問題について次のように語っている。
 「『氷壁』は純然たる私の創作だから、実際の事件には小説の登場人物のような人は一人もいない。人間を書く上の一つのモメントとして、実際にあった事件から、本質をなす部分を借用してきているということになろう。
 岩稜会の石原君はよく知っているが、材料は、作家として料理するから、書いたものは石原君とは関係なくなることは覚悟してくれといっておいた。同じことは、まだお目にかかったことはないが篠田氏についても言える。
 しかし、告訴問題とは別に、ナイロン・ザイルが登山家の生命を預かるものである以上、関係者が今度の事件を生かす方向に動くべきことだけは明らかだろう」

 日付は前後するが、まずは記事をお読みいただき、以下のこの記事に対する反応をお読みいただきたい。

右の表紙をクリックしてください。全文お読みいただけます

 5月22日 父宛 小松恒夫氏からの手紙
 上記、週刊朝日の記事を書いたのが、この人である。
 以下、解読清書する。


 石岡繁雄様  週刊朝日 小松恒夫
 今回はいろいろお手数をおかけしました。お目にかかった翌日から風邪のため3日ほど臥床してしまいましたので、資料の検討等も意に任せず、ご覧の通りの粗末なものになってしまったことをお詫び申し上げます。
 一昨日、井上さんにお目にかかり、その後の問題についての方針を聞きました。好ましい結果になることを期待しております。
 別便にて拝借した資料および写真お送り致しました。お納め下さい。写真の方は製版にまわした折、多少破損してしまいました。応急手当はしましたが、原状に戻し得なかったことをお詫びいたします。
 石原様、伊藤様によろしくお伝え下さい。  不一
 5月22日

 

 5月24日 宛先不明の石原國利氏の手紙
 この手紙は、週間朝日の記者小松氏を含む関係者に向けて書かれたものと推察する。以下、解読清書。


 週刊朝日6月2日号の「ナイロンザイル事件」について蛇足かも知れませんが問題の性格を一層はっきりさせるためにも、当事者の一人として事件の要点を付記させていただきたいと思います。
 A. 遭難原因に関する私の報告は記事の通り。―ナイロンザイルが麻ザイル(従来のザイル)に比して非常に弱いという、まだ誰にも知られていない欠陥によるのではないかということ。
 B. これに対して、30年4月29日、篠田教授指導により、東京製綱蒲郡工場で行われた実験の要点は
  1. 公開実験であること
    多数の登山家、新聞記者を集めていること
  2. 鑑定実験の性格を持つこと
   (ⅰ)ナイロンザイルが果たして岩角に欠陥があるかということに注目が集まっていた
   (ⅱ)90度、45度の岩角を使用して実験
   (ⅲ)遭難報告による事故現場を再現していること
  3. 実験の結論は
   「ナイロンザイルは、鋭い岩角でも麻の数倍も強く、生存者の言うような欠点は全然ない。したがって遭難の原因は別のところにある。」―これが事実とすれば、氷壁、週刊朝日の推論は客観性を持つ。
  4. これ以前に、篠田氏並びにメ-カ-(少なくとも東洋レ-ヨン)は、ナイロンザイルの鋭い角に対する欠陥を知っていたこと。
   3月下旬、篠田氏指導により、東洋レ-ヨン研究室で実験していること―これは非公開。
  5. 4により鋭い岩角に弱いはずのナイロンザイルが、公開実験では何故反対の結果が出たのか?
   岩角が故意に丸めてあったこと。
 以上からわかるように、この事件の性格は、生命にかかわる製品さえもが、大メ-カ- と学者との結びつきによって、故意に反対の結論に導かれたということです。
 ミルクのヒソが問題になっているときに、ヒソの混入を知っている学者が、ヒソの入っていない実験を行って見せればどうなるかということと同じ性質のものと思います。
 世間の片隅にある登山の世界で、こういう事実があるということを知っていただきたいと思い、筆をとった次第です。
 昭和32年5月24日  石原國利


 5月20日 『週刊朝日』経由、岩稜会宛 鈴木詮氏からの手紙
 前記の『週刊朝日』6月2日号を読まれた鈴木氏からの手紙である。氏は、船舶関係のお仕事をしていらっしゃる中、ナイロンロ-プの様々な欠点に気づいておられ、そのことを詳しくお知らせくださっている。以下解読清書。

前略
 貴社発行『週刊朝日』6月2日号を拝読させていただきました。この記載事項中,「ナイロン・ザイル事件」という小見出しで岩稜会の若山氏の遭難模様を読ませていただいたわけなんですが,登山等全然やったことのない私等,登山するについていかなるルートがあるかなど全然わかろう筈がありませんが,ただ,ザイルがナイロン製であったということに対して常々不安を感じていただけに,とくに何かこの記事に力を入れて読んだわけですが,常々私たちが不安と言っていることとは一体何であるかは別紙に記載いたしました通りであります。
 すなわち,宣伝と比べてこんなにも弱い物であるかということが,実感として私の脳裏にこびりついていたからです。そこで私の職業上,とくに船曳船にこうしたロープを使用しているのを目の当たりに見,また聞いた話をいろいろの角度から検討して,何とかこのロープの利点を利用して事故を最小限に防ぎ,いかに実績を上げるか探ってみましたが,私としてはこんな結果ができ,最後に残ったものは,宣伝等いかに信用のおけないものであるかということが残ったわけなんです。だが,このロープの利点は今までのロープにみられなかった,言い換えて言えば,私たちの和服と洋服に等しいほどのスポーティーな点において愛着を感じているわけです。この愛着があればこそ,二度とこんな事故は起こすまい。そして,よりよいナイロンロープができあがる日を待ちわびている次第です。
 私たちは職業の上から,このナイロンロープを繋留索として,あるいは曳索(えいさく)として使用し,その力は相当大きいので,このザイルと同一角度からみてよいか悪いかがわかりませんが,とにかく,こうした事柄も他では起こっているということをお知らせいたし,再びこうした事件が起こらぬように研究の一材料にでもなっていただければと思い,厚かましく筆を執らせていただきました。
 ついては,この手紙を岩稜会にお届けしていただければ幸いと思う次第でございます。
 また,何かよい,このロープについてのデータでもできたら,私としても知りたく思っている一読者でございます。どうか,ご面倒なことで恐縮ですが,登山家の生命,船員,船,の生命のためにも,今後貴社が中心になって,この問題を単なる事故としてでなく,社会的な問題としても結果を得ていただくようお待ちいたすとともに,全然知りませんが,岩稜会の方々によろしく,そして,岩稜会のご発展を心よりお祈りしています。
 乱筆にて申し訳ありません。また,職業,年令等も省略させていただきます。

ナイロンロープの強度について
 このことに関しては,蒲郡工場での実験の示す通り麻索に比較したら数倍というデータが出たことに関しては何ら疑問をはさむ余地はないが,この実験そのものに問題があると思う。すなわち,蒲郡での実験は単なる索引力のみであって,そこにナイロンロープそのものの状態が付加されていないという点で,使用する側と製品を売らなくてはならぬ商業上の見地からたった工場側のずれが出てきている。
 そこで,実際に使用したところの我々,また,関係者(船会社,漁船=漁網)の話を総合してみると,次のデータが出た。 

A.ナイロンの利点とされる軟柔性は,とくに登山関係のみならず,船という事柄においても,とくに仕事面において重要な事柄であるのみならず,海上ではとくに塩分に腐らない利点に,さらに船倉内の格納面積を従来のロープと異なってとくに小面積で済むという点から,価格が高いにかかわらず利用され始めたわけであるが,この格納面積の小さくすることが実はくせ者でロープをコイルダウンする。そうすると,20回コイルした場合は20 のヨリができる。そして,今度使用するときに,このヨリに沿って一か所でもキックがあった場合は,その場所からいとも簡単に切断することは,この神戸港曳船の曳索で実験済みである。また,このヨリによって,曳索を引っぱった場合,俗に我々は「コブ」と称しているが,このコブが索のあちらこちらにでき,次回の使用にあたっては見事に切断される。今,このコブについては我々も研究中ではあるが,一応次のように推定している。すなわち,曳くにあたって,ロープの構成たる3本のストランドが同時に同等の“力” がかかれば問題ではないが,軟柔性からこのストランドのヨリに少しでもゆるみがあった場合,この3本のうち1本にのみ “力” がかかり,あとの2本は“力” が作用していないことも考えられるし,ある部分のみはこの1本のストランドの “力” に頼っているという現象が起こり,これに加えてナイロンロープが伸び縮みする点で,この1本のストランドのみ “力” が加わって,その部分のストランドが伸びる。ところが,作業が終わり,“力” が加わらなくなったとき,この伸びたストランドが元のように縮んでしまえばよいが,そこにはロープ自体のヨリのため他の2本のストランドにさえぎられ,そこが伸びたままになって,これが次の仕事のときは切断の大きな原因となる。このため,せっかく高い金を出して買ったロープも,何の役に立たぬのみか,マイナスになっていることは事実である。 

B.次は,摩擦には極めて弱いという欠点。
 この点では,石原氏の言うのも無理はないと思うし,また,高柳氏の談話には私としてもちょっと感心しない。すなわち,こうした索具類は,登山のみならず “力” の移動する器具であり,とくに危険性を含んでいることは,索具を製作している高柳氏にはよく知っているはずであり,かつ,こうした索具には安全率,破断力,という実験の結果が必ず買入の場合必要な項目である上に,新しい品に対して,マニラロープと異なって耐熱度=摩擦を無視して製造販売することがいかに危険なことであり,人道上において製作者の気持ちが疑いたくなる。ナイロンロープに関係なしに,ナイロン関係がとくに熱に弱いことは一般によく知っていることであり,ロープが常にこの摩擦の中にさらけ出されている点で,とくに今後の研究の成果を待ちたいものである。
 すなわち,熱に弱い実例として,船などでウインドニスのドラムにこのロープを3巻も4巻も巻き付けて,何トンという大きな力をこのロープに持たせ,船を岸壁に着けるような場合,船の対岸壁姿勢などによって,このロープにかかっている力と,力の方向と,船自体の力と,力の方向とのバランスがとれなくなるようなときがよくある。こんなとき,麻索ならば麻索の構成上,摩擦に強く,ドラムにしっかりとくっついて,ドラムが空転することなく持ちこたえて,力のバランス並みに方向を同一にする働きをするが,ナイロン索は,このドラムに幾度巻いていても滑ってドラムが空転する。そして,この空転するときは,幾トンという大きな力のバランスがとれなくなるときで,空転による摩擦熱は相当高温になってくる。だから,1回ズルーと滑ると,大げさではあるがロープのストランドの1/3ぐらいが切れる。切れるんではなくて,結局は熱のために溶けるような状態になるのではないかと思う。

C.ナイロンロープは,横の力は極めて強いが,縦の力に対しては極めて弱い。したがって,ロープの作業上しなくてはならぬ結索,とくに「ノット」に対しては全然ロープとしての性能は零に近い。
 すなわち,私的意見で,これが本当であるかどうかはわからないが,ナイロンそのものの化学方程式から粒子の結合状態は横,すなわち,ロープの真直に引っぱる “力” に対しては麻索などの比ではないが,縦に弱いため,今仮にボーラインノット(船ではもはや結びと俗に言っているが)等,大抵どこの職場においても使用するような結索を行って,これを曳航して力を加えると,必ずその結び目から切れる。普通,綿糸等で実験してみると,結び目から切れることは絶対といってよいほどなく,その結び目の近くが,または,全然無関係の中間付近から切断する。
 このことは,全然登山に経験のない私等,ザイルがどのように使用され,どのように結びを作ることか等知らないが,もしこうしたノットを作らなくては全然登山できないものとすれば,このナイロンロープ等,実に危険な品物と言わなくてはならないと思う。

 話が前後になって恐縮だが,摩擦のところで,船でなく漁網についてちょっと聞いた話ですが,申し上げると,俗に言う巾着網に使っている一番大切な網が,ナイロンの利点からだいぶ使用されたはずですが,結果は値段が高い上に麻索より早く切れることを聞いています(於:岸和田)。これはどういうことであるかというと,巾着にして最後に網を絞って船内に引き上げるらしいですが,これに取り付けてある網の目のロープとの摩擦があり,やはりこれが原因であることも聞いています。


 このように,A,B,Cとナイロン索の欠点を並べましたが,ここで商品として売る場合,利点,欠点どちらも知っておく必要があるわけですが(私的意見で恐縮です),今までのナイロン関係の販売は,非常に利点のみを追究しすぎたきらいが多分にある。すなわち,戦後,化学合成繊維と従来の綿,麻に対抗し,さらに,コスト高をいかに販売ルートに順調にのせるかについては並々ならぬ苦労があるはずで,その宣伝は実に驚くほどであるが,この製造が日浅いことと,その結果というものが完全にできあがっていないところに問題があった。もう一つは,こうした科学的知識というものが,まだまだ一般国民に徹底してないために,これに対して研究的態度に出ることができない。そのため,結局,消費者はその宣伝そのものを信用しなくてはならない一般現状ではなかろうか。そうすると,この宣伝ということに対して(生命と取引しなくてはならない製品に対して),大いに社会的問題が最後に残されてくる。

 亡くなった方に対しては,まったくお気の毒なことではありますが,私ども共通した消費者の点から申し上げてみると,

1.宣伝について,何かひとつ片手落ちのところがなかったかどうか。
 もし宣伝通りならば,こんな事故は起きなかったはずである。また,商業上の宣伝が,逆に,宣伝はいかにして消費者の眼・耳をごまかすものであるかどうかが宣伝の上手下手になるということに落ち着いてきたら,商業道徳はもちろんのこと,科学・文化の発展等,考えられないことになってくる。良き品を我々の生活の上に利用されてこそそこに発展があることを忘れて宣伝ならば,何のための人類の生活であるか,まったく無意味に等しい。

2.教授の発言がどういうものであったか記憶がないので恐縮だが,『週刊朝日』それ自体に載っている言葉をとってみても,何かそこにひとつ納得しかねる点がある。
 すなわち,教授の言うようになるほど,ナイロン索は強い。この強いは,ある一定の条件においてのみ強いということが言えるのであって,これを直ちにすべての条件に適用してしまうことは,こと教授という立場に立つ人の発言ではない。それに加えて,結果が
100年,200年後などとは,まったく教授として不思議であると思う。これほどの科学の進歩に,すでに第3のエネルギー工業化実現が目前に控えての今日,また,我々消費者が実際のデータを出している今日,結果をそんなに先に待っていて,はたして世界の競争に日本が()していけるかということです。

 こうした見地から,私は,この問題が告訴される・されないにかかわらず,まず,第一に行わなくてはならないことは,このため(ロープ)であってもなくても,亡くなられた方に対していかに我々はあるべきかが,まず,第一になくてはならないはずです。これが完全になしえてこそ,真にそこに宣伝,信用という言葉が出てくると私は思います。

 そこで,この問題の焦点であるところの,遭難の原因がロープにあるかないかという点であるが,私たちの言葉では関係があると断言はできません。それは,現場を見たわけではないし,また,ロープそれ自体の切断箇所を調べたわけでもないので,だが,こうした事故を起こしやすい危険性を多分にもったロープであることは,私としては申し上げられるわけです。むしろ私たちは,この際,このロープの欠点,利点をあからさまに世間にぶちまけて,消費者の批判と選択をしてもらうことが必要ではないでしょうか。

 我々は信用のあるものを安心して使えるところに,仕事の張り合いを感じるものです。ましてや,
1本のこのロープによって,生命を預けなくてはならぬ登山家等,この感はもっともっと深いものだと私は痛感し,ここに私の本当の,私的意見ではありますが,何かこの原因追及のお役の端にでもなれば幸いかと筆を執った次第で,最後に,遭難された若山氏の御霊の安らかならんことをお祈りいたすとともに,会のますますのご発展のほどを心からお祈りする次第でございます。

 三つ撚りナイロンロ-プの欠点について、鈴木氏はこの時期から欠陥を把握しておられ驚かされる。
 父は登山用ナイロンザイルの研究に、生涯をかけて取り組むことになるのだが、三つ撚りナイロンザイルの「撚り」は曲者であり、メ-カ-側も改良に力を尽くして、現在の網ザイルに発展してゆく。


 5月30日 石原國利宛 桐 杉衛氏の手紙
 この方は、知人ではなく、週刊朝日の読者だと思われる。宛名は「名古屋市 名古屋大学学生部 石原國利様」になっていた。


 5月30日
 石原國利様  桐 杉衛 
 前略
 6月2日号、週刊朝日のナイロンザイル事件を拝見、思い付いたまま参考までに申し上げます。
 篠田教授の学会報告を見ていないので、ハッキリ申し上げられませんが。強度は測定温度が問題で、篠田教授は多分常温(15°Cまたは20°C)で実験されたのではないか。常温ではナイロンは麻より強いでしょう。零下何度では多分麻の方が強いでしょう。
 篠田教授は会社のために、ナイロンの強い測定温度だけ実験して、ジャ-ナリストまで呼んで発表されて、あとで頼まれて、あれは穂高の遭難とは無関係だと逃げておられる、どうかと思う。
 今後取るべき道としては、専門家(名大工学部とか、東京工大、東大工学部とか)に依頼して、零下で強度比較実験をやってもらい、学会に発表してもらうことです。
 登山家としては大問題ですから、結論を出しておくべきです。製造会社の実験報告、または関係者の実験報告は篠田教授のように、都合の良い点しか発表しないので、信用できず危険です。(当方、大学教授)

 この文の中に出てくるナイロンザイルの温度による性能の変化についてだが、2014年にNITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)によって、解明されたデ-タでは、ナイロンザイルは低温(-40°)でもあまり変化がなく、融点の220°に達するまでは、ほとんど同様の強度を示すことがわかった。だが、この時点ではそのような実験は行われていず、結論が出るまでに57年もの時を待つことになる。


 6月 雑誌『インダストリ-』〈ナイロンザイル事件のゆくえ〉の記事
 この記事が掲載されて、また問題が起こる。 以下は、前記『週刊朝日』6月2日号の表紙に貼付けてあったメモの清書である。尚、その見開きの頁には、右の『インダストリ-』の表紙も貼りつけられていた。

 ちょうど同じ頃に出版された二つの印刷物、週刊朝日とインダストリ-の内容は大きく異なっている。もちろんインダストリ-の内容は事実に反するものだ。我々はこれに抗議した。その結果は、インダストリ-は二度と発刊されなかった(現在はどうだか知らない) インダストリ-は東洋レ-ヨンの御用雑誌ということであった。

 書いてしまえばメモのようになるが、それまでに遺されている問題解決までの資料を、日付順にまとめてご紹介したい。

 右の表紙をクリックしてください。全文お読みいただけます。
 
 6月 宛先不明だが、矢野雅雄氏宛と思われる 父からの手紙の草稿
 『インダストリ-』に対する父の反撃が始まる!
 以下、解読清書。

 
 お手紙拝見しました。また先日はいろいろと御世話になりました。
 インダストリ-早速、買ってきました。5月20日印刷となっていますので、週刊朝日とは無関係だと考えます。向こうも慌てているのではないかと考えます。
 本日、念のために、最初告訴したときの担当検事、亀井検事を訪れ、これをみせて事実かどうか確かめましたところ、全く事実に反するものでケシカランといっていました。
 これをこのまま放置するか、それとも追求するかの問題ですが、この出所を突き止め、それを明らかにすれば(おそらく東京製綱か、熊沢友三郎でしょうが)、メ-カ-と篠田氏との関係を一層はっきりさせるに役立つものと考えられ、有利と思います。矢野さんによくお知恵をうかがって、御相談の上、これを徹底的に追求するには、インダストリ-と交渉されるようお願いします。
 (イ) これは故意になしたことは明らかですから、直ちに刑法230で告訴する。
 (ロ) 『石原が軽率な告訴をした』という印象を与えるものとして、民事で損害賠償(新聞で陳謝発表の要求)。
 (ハ) 民事で取消処分の要求。
 でしょうか。これらの前提として、まず穏やかに話しこむ。
それには、次の趣旨を誤りなく、インダストリ-次号に2頁に(危険防止の意味を含むため、少なくとも誤った発表と同程度の取消発表必要)発表してもらうよう要求する。
 発表文
 本誌6月号の内容は、次の点で重大な誤りをおかしましたので、ここに取消し訂正するとともに、御迷惑を与えた登山者、及び石原國利氏に対し深く陳謝します。
 (1) 告訴は受理されない旨、申し渡されたと記しましたが、そのような事実なく、目下審査中であります。
 (2) 山岳界もこの事件には、最初から非協力と記しましたが、これは誤りで協力的でありました。たとえば、三重県山岳連盟は、これについて「この事件は、東京製綱株式会社と阪大教授篠田軍治氏とが、登山者の生命を犠牲にして利益を得ようとした疑惑がある」という声明を発表していました。(昨年11月24日の朝日新聞がこれを取り上げている)また日本山岳連盟は、昨年11月22日の評議員会において、この問題の審議を正式に決議し、目下独自の立場で調査中でありました。
 (3) 登山中危険な場所では、ザイルを二本使うのが登山の定石だと記しましたが、調査しましたところ、そのような定石はありませんでした。遭難防止のためには、ザイルを二本使うことよりも、ザイルの性能をはっきりと認識することの方が大切でありました。また担当の検事に対し「生命にかかわる重大問題だから慎重審議してもらいたい」と署名文を送っていました。
 (4) ナイロンザイルには、篠田教授御指導による東洋レ-ヨン内での実験により、ギザギザの岩角にふれた場合には、事故を起こしたザイルは、従来の麻ザイルの1/20の力しかないということが判明しました(山と渓谷…、JAC…、)が、これなどは、登山者にとって重大な資料と考えます。ナイロンザイル一本では無論二本でも切れることが考えられます。
 (5) 告訴の問題点は、篠田氏が蒲郡事件前、前記ヤスリの実験によって「ザイルは現場の状況で切れる」と発表された点であります。つまり一本で切れることを承知の上で一本で切れない実験をされた点でありまして、二本云々と事件とは無関係でありました。

 何とか出所をうまくつきとめて下さい。

 この手紙は、まだ続くように思われるが、遺されているのはここまでである。 
 この依頼で、矢野氏の調査の結果『インダストリ-』は東洋レ-ヨンの御用雑誌だと判った。


 6月 『週刊朝日』編集部宛 小林進氏からの質問状
 小林氏は名古屋大学とあるが、どんな関係の方かは不明である。右の手紙は父の字なので、下書きした物を小林氏に頼んで清書しお出しいただいたと思われる。解読清書する。


 週刊朝日6月2日のナイロンザイル事件拝読致し、その内容の重大さに驚いています。ところでその後インダストリ-6月号の「ナイロンザイル事件の行方」を読みましたところ、次の点で貴誌とは大分食い違いがある様に思われますので、どう解釈してよいか判断に苦しんでおります。重大な問題でありますから、貴誌でもご調査お願いしたいと思います。
1. 告訴の点について
 貴誌では大阪地検において「現在審議中」と書かれていますがインダストリ-では「昨年暮れ、この告訴は受理できない旨、名古屋地裁から言い渡され、その後再び告訴したという話も耳にしない」と記載されておりますがなぜでしょうか。
2. ナイロンザイルの性能について
 貴誌ではヤスリ実験云々に見られるようにナイロンザイルには、なにか重大な欠点があるように見受けられますが、インダストリ-では全くナイロンザイルの欠点にはふれておらず、事故はもっぱら使用者の誤りであるかのように書かれております。この点は登山者の安全にとって誠に重大だと思いますので、どちらが本当なのかはっきりさせていただきたいと思います。
 以上、宜しくお願いします。
 東京都千代田区有楽町 朝日新聞社
  週刊朝日編集部御中


 6月8日 小林進氏宛 小松恒夫氏からの返信
 以下、解読清書

 
 ナイロン・ザイルについての貴輸拝見しました。「インダストリ-」の記事は私も読みましたが、筆者も明らかでなく、記事の内容も直接の取材によったものではないような点が見受けられます。ここでは私の記事の根拠となったものだけお知らせすることにいたします。
1. この事件は、名古屋地裁から大阪地裁にまわされ(これは篠田氏が大阪在住のため)現在まだ取り調べ中です。これは本社大阪出版部記者が、担当の斉藤検事(大阪地裁)に会って、直接に聞いたことですから絶対に間違いありません。
2. ナイロン・ザイルがヤスリのような鋭い角に弱いことは、篠田氏が昭和30年秋、応用物理学会の席上で発表した論文に、明らかに記載されており、またメ-カ-の東京製綱高柳常務(蒲郡実験当時麻綱課長)が、本社名古屋報道部の記者に語った内容(本誌記者はその要点を伝えています)によっても明らかです。
 以上の点からだけ見ても「インダストリ-」の記事がかなり片手落ちであろうと思われます。

 6月15日 父宛 矢野経営研究所からの葉書
 矢野経営研究所は、現在の矢野経済研究所の前身である。1958年に矢野雅雄氏が設立された。氏は、山口工商から東京帝国大学に入られて、学徒動員で入隊された、福岡県出身の方である。石原一郎氏も学徒動員で戦地に行かれたが、その時の同期で、年齢も同年だったので友人になられた。退役後は九州の石原宅にしばらくいらっしゃったとのことである。繊維関係の調査研究の仕事をはじめられて、矢野経営研究所となった。岩稜会の黒田吟哉氏は、卒業後この会社に入社された。その関係でお願いし『インダストリ-』のことを調べていただいた。その返事である。以下解読清書。


 前略
 インダストリ-連絡つきました。
 訂正の件につきましては、例のタイプの(1)のところだけしか掲載することが出来ないとのことです。
 (2)および(3)に関しては特に誤りではない(法律学的な解釈において)、見解の巾があるとの見込みで、向こうとしてはできるたけ訂正を少なくしたい訳だ。したがって名誉毀損等でやるとすれば8月雑誌発行以前にやらねばなるまい。しかし赤雑誌で、相手にするのも糞みていなものだと思う。

 6月19日 インダストリ-に対する抗議文 石原國利氏
 この抗議文には2種の下書きがある。2種ともに父が書いたものであるが、1つは右のタイプで打ったものと内容は同じである。


 拝啓 初夏の候、貴殿にはますますご健勝の段大賀至極と存じます。
 さて、貴殿主幹になる「インダストリ-」6月号の40頁、41頁に記載してある「ナイロンザイル事件の行方」は、多分に私の名誉を毀損する内容を含むとともに、ザイルの性能に関し、登山者に危険をおよぼすおそれがありますので「インダストリ-」7月号に別記「お詫び」を誤りなく掲載していただくことを強く要求します。     敬具
 昭和32年6月19日   石原國利
 インダストリ-主幹 宮嶋鎮治殿
 
 もう一つは、以下の文章である。

 雑誌「インダストリ-」6月号(別添 雑⑥40頁、41頁)掲載の記事は、虚偽の事実を含むことによって、私の名誉を毀損しておりますので、とりあえずインダストリ-に下記要求をなしました。インダストリ-からは研究する旨の回答を得ましたが、もし誠意なき場合は、名誉毀損罪によって告訴するつもりでおります。       石原國利

 右の印刷物が出されて、下の文章は出されなかったように思う。


 6月 父が書いた『インダストリ-』に掲載してもらう「お詫び」文の下書き
 この文章が、上記の印刷物と共に矢野雅雄氏より手渡された。


 お詫び
 本誌6月号掲載の「ナイロンザイル事件の行方」は、左記の点で誤りがあり、登山者の危険防止に関し遺憾な点が発生するとともに、石原國利氏に不当なご迷惑をおかけすることになりました。
 ここに誤りを訂正するとともに、登山界並びに石原氏に対しお詫びいたします。
(1) 石原氏から篠田軍治氏に対する名誉毀損罪の告訴は、名古屋地検で受理できない旨、言い渡されたとする本誌記事は誤りで、事実は昨年6月名古屋地検で受理、その後篠田氏の住所の関係で大阪地検に移管され、目下斉藤検事によって審査中であります。
 したがって本誌が「石原氏が篠田氏を名誉毀損罪で告訴したのは軽率であった」という印象を与える恐れをもったのは誤りでありました。
(2) 山岳界もこの事件には最初から非協力的だったとする記事は誤りで、事実は、昨年11月の三重県山岳連盟の声明(11月23日付、朝日新聞掲載)並びに、全日本山岳連盟のナイロンザイル事件に関する研究委員会の設定にみられるごとく、山岳界が非協力であったということはありません。
したがって、石原氏が山岳界から孤立しているかのごとき本誌の印象は誤りでありました。
(3) 今でもナイロンを使っている人は沢山いるし、麻ザイルを使っている人も多い。要するに、登山定石にしたがって、危険な所ではザイルを二本使って慎重を期せば解決されることではないだろうか。という記事に関し
 (イ)このような登山定石はありませんでした。従来、ザイルを2本使った場合があるのは、登攀そのものを容易にするための手段であって、一本では切れるという理由からではありません。したがって石原氏が登山の定石をふまなかったという本誌の印象は誤りでありました。
 (ロ)この表現は、登山者がザイルを二本使えば、安全であるかのごとき印象を与えますが、これは危険な表現でありました。ザイルは使い方によっては一本でも切れない場合があり、また逆に二本でも切れる場合があります。要はナイロンザイル、麻ザイルの性能を熟知して使うことが大切であります。しかし、現在の登山界では、ナイロンザイルが岩角にあたった場合は非常に弱いので、岩場では使わないようにということになっております。また石原氏が、使用したザイルは篠田氏の公開実験では強いとされ、山岳雑誌『山と渓谷』でも「メ-カ-は事故ザイルを科学的テストを行って保証している」といっていましたが、現在ではザイルでなく、単に補助綱と呼ばれています。  以上


  6月19日 父と石原國利氏宛 矢野経営研究所からの手紙
 先にも記載したが、この時國利氏は石岡宅に下宿していたので、同封筒で送られて来ている。父への手紙は、今度の問題にあまり関係ないが、國利氏への手紙は関係あるので読んでいただきたい。

 
 お元気でお過ごしのことと存じます。小生どうやら仕事の方でも軌道に乗りかけたところで、夏山も割愛のやむなきところです。
 然而、お願いがあるのですが、ご多忙のようでしたら、お取り上げくださらなくても結構なのです。
 ナイロンをはじめとする合成繊維類が、電気加工により最終製品においても、静電気状態に置かれるため、極めて吸塵性が強いのですが、この吸塵性のため、人間が直接身につけるものに、ナイロンを使用した時、空気中における放射性元素を他繊維に比して、より多く吸収するであろう。以上のことが私共の仕事の関係先から問題となっているのですが、石岡さんがナイロンザイルの問題で、以上の点にふれた資料に、もし目を通されておれば拝借いたしたいと存じます。この問題は東レをはじめメ-カ-筋では意識的に避けているようなので、この方面からの資料入手が困難なので、お願いする次第です。
 名古屋工大あたりですと、バックに尾張筋の繊維業者を控えておることですし、もし、研究室でそのような問題が多少でも取り上げていれば、概略の事情など、ご一報くだされば有難いのですが。
 尚、放射性元素の問題を除いて、吸塵性だけの問題でも、どのような影響があるかということも考慮の中に入ってくる訳ですが。
 要件のみにて失礼致します。
 皆さまにくれぐれもよろしく。  矢の
 石岡様

 國利君
 先日は葉書で失礼した。インダストリ-では原稿は見せたくないのだ。したがって第二項においての訂正を最小限に行うことになろうと思う。所詮3行広告の訂正になりかねないと思っている。当方としては、所詮君の方からの書類を、一応の申し入れとして先方に渡したのみなので、君の方から告訴するということであれば、その手続き等、黒田に手伝わせてもらいたい。尚、見逃し難いので、一応法律上の手続きに移すなら、移しましたということを言ってやっていいのかどうか、ただし先便にも申した通り、インダストリ-なるものは所詮地回りゴロツキの範囲を出ないインテリ崩れの気力の無い狡さ、それだけしかない相手だと云うことは覚悟して置いた方がいい。黒田には8月10日まで(7月25日から)の休みを言っておいたが、そちらがどうしても必要であれば更に考慮してもいい。夏山には行きたいけれども行けない。この前太田君(太田利春氏、岩稜会)と痛飲したが、慶応の何とかいう子は、どうもふさわしくないようだった。知らないことが沢山あるらしい。蛇足だけれども。

 矢野氏については、このホ-ムペ-ジを記載するために、國利氏から直接お話をうかがった。「山は自分たちがお誘いして登られるようになり、客分的な存在で岩稜会に入っていただきました。私も矢野さんから、矢野経営研究所に入るように誘われてまして就職したかったのですが、バッカスが名古屋大学に、ということで名大にしました。とても優れた方で尊敬しておりました」と語られた。


  6月22日 父、石原國利氏宛 矢野経営研究所よりの葉書

 インダストリ-の編集発行人たる青山氏と本日面会した。訂正するのにやぶさかではありませんから、執筆者と協議の上(7月号は不可能)8月号において、一応当方の了承せる形式において、発表するとのことでした。連絡あり次第、またそちらへは手紙します。青山氏の人柄は余り信念というようなものには縁がない、宮嶋氏の使い走りというような感じですが、一応雑誌編集の法的責任であり、一応この線で接渉するのもやむを得ないかと存じます。文書は手渡しして来ましたから。要用のみにて。

 7月2日 父と國利氏宛 黒田吟哉氏からの葉書

 前略
 インダストリ-の件につきまして本日連絡がつきました。前記の通り7月号には間に合わなくて8月号に掲載するとのことです。記事締切が今月15日ですが、こちらから持参しました訂正文をそのままということは出来かねるらしく、一応インダストリ-でも訂正するらしいのです。訂正文は矢野さんに目を通していただきますが、まだその訂正文はわかりません。わかり次第一筆いたします。
 『穂高の岩場』の件、その後朋文堂には行っておりませんので、今日あたり一度訪ねてみます。
 澤田君は上京したのでしょうか。
 夏山はいつからですか。
 では、また。

 前記の父のメモのように、この後『インダストリ-』は廃刊となり、お詫び文は載せられることはなかった。雑誌を丸々廃刊にしてしまう企業の力に驚かされる。


  さて、ナイロンザイル事件からは少し離れるが、上記葉書文中にある「夏山はいつからですか」という黒田氏からの問い合わせがあるので、昭和31年・32年の岩稜会の山での活動はどうなっていたかを、昭和62年発行の非売品『岩稜』を紐解いて、以下にまとめてみる。


 昭和31年 岩稜会山行
 前穂高岳での五朗叔父遭難で、「ナイロンザイル事件」の追求を第一義と掲げ、『穂高の岩場』の写真撮影を第二義としたことは、掲載した通りである。
 30年の暮れから正月にかけての冬山合宿(12月28日~1月2日)には、10名が参加して木曽駒ケ岳・本駒・宝剣岳へ行ったが、意気の上がらぬものとなった。
 春山合宿(4月28日~5月6日)には、明神合宿となったが、同様に縦走程度となった。
 夏山合宿(7月15日~8月16日)については、<その9>で「夏山計画書」を掲載したように、『穂高の岩場』の写真撮影を目的とする穂高合宿となった。


31年12月 北穂付近にて
 

31年12月30日 北穂高岳松濤岩のコルにて

 昭和32年 岩稜会山行
 冬山合宿(31年12月28日~1月4日)は北穂小屋をベ-スに滝谷を登る。小山義治氏含む9名が参加。
 春山合宿(4月~5月)は奥又白にテントを張り、前穂高岳北尾根正面明大ル-トを國利氏・黒田氏・柿本氏で登攀。
 そして、夏山合宿は…


夏山合宿
『穂高の岩場』の写真撮影と「屏風岩初登攀10周年記念」のために岩稜会員22名による穂高合宿となった。
もちろん父母も参加した。
横尾山荘で、10周年記念パ-ティを終えたメンバ-は、記念登山として屏風岩北壁を登ったが…

朝日新聞7月27日記事
 

7月29日 屏風岩T0の下あたりにて

右端より、部隊長・須賀太郎教授
前右に、大井氏・社長
須賀教授の後ろには金城大学山岳部の顔も見える
これは、落石の起こる前の写真である

屏風岩での落石で、
岩稜会の田中浩氏の頭に石が命中!重傷を負う
以下の新聞は7月30日付朝日新聞である 

負傷した田中氏を運ぶためのスノ-ボ-トを
徳澤まで取りに行き、運ぶ部隊長


負傷した田中氏を横尾から徳澤へ負ぶって運ぶ
岩稜会の河合氏


 ナイロンザイル事件を闘う中、久しぶりの楽しい集まりであった屏風岩初登攀10周年記念も、落石という不運で岩稜会員は意気消沈してしまう。会の中には「なぜ我々は山に登るのか。写真撮影のために既成のル-トを登ることと、アルピニズム(難易度が高く、高度な技術を要する登山の事を意味するスポーツとしての登山であり、岩壁や氷壁への登攀を中心とする)はどうかかわるか」という意見も出され、長引くナイロンザイル事件の闘いに不満の声が聞かれるようになっていた。
 父は、会員の声に押されて、再びヒマラヤ遠征の夢を実現に向けて動き出すのだが…

 
<その13:告訴の結末とヒマラヤへの道>へ続く…

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2018年2月20日更新